FC2ブログ

KAZAANA BLOG

just another WordPress weblog

  • 05 «
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • » 07

ピカソの絵は、ただの落書きかどうかの考察

某掲示板で、個人的に興味深い話がありました。
それは、
「ぶっちゃけピカソの絵ってただの落書きだよね?」
というスレッド。

以下、概要です。
view9418072.jpg

史上最高額と同モデルのピカソの絵

ピカソが愛人マリーテレーズ・ワルテルをモデルに1932年に描いた「赤い枕で眠る女」。
先月NYで約101億円で落札された「ヌード、観葉植物と胸像」と同時期の作品で同じモデル。
徳島県立近代美術館で公開中




1枚の絵画に101億の価値が本当にあるのでしょうか?

そんなことを漠然と考えてるうちに、
ピカソの絵は、ただの落書きかどうかの話からどんどんそれて笑
価値って何だろうと考え、
最終的に、価値って相対的なんだなと行き着きました。

例えば、街で夏に無料で配っていたうちわがあります。
その柄がとても気に入った人がいて、もらいに街に行きますが
もう配っていないことを知ります。どうしても諦めきれず
探しまわるとオークションで3000円でありました。
ここで買う選択をしたなら、みんなには無価値でも
その人にとって3000円以上の価値があったことになります。

物だけでなく、こんなことにもあてはまります。

学校で、今まではただのクラスメートだったのに
3年で最後の学園祭の準備で、一緒の大道具担当になり、
彼女のテキパキとした決断力と、意外におっちょこちょいな仕草に
心を奪われたとしたら
その人にとって、つまんなかった学校は
風邪を引いても行きたくなるほど楽しい場所に変わり
最後の学園祭は
一生の中でも5本の指に入るほど輝かしい記憶になるでしょう。

もうどんなことでもそうなんです。
富士山で飲み物が300円でも売れる理由も
結婚式で金銭感覚が無くなっていく理由も
付いてくる野良猫にミルクを上げたくなる理由も

価値は、そのとき、自分とそのものの関係によって変わるもの。
縄文人は現代の1万円札を見ても価値が分からないように。

ピカソの絵の現象は、言ってしまえば
極端な現象であるから認識しやすくなっているだけで
全てのものの中で起こっていることと何ら変わりないことだったと。

ピカソの絵は、ただの落書きです。
そう見える人にとっては。
しかし当たり前ですが、101億で購入した人なり企業にとっては、
ピカソの絵にはその価値があったのです。
私たちが感じる101億と、購入した人が感じる101億の価値も
もちろん違うのでしょう。

そうやって考えていくと、デザインにも普通に言えます。
誰が喜ぶのか。
誰のためのデザインなのか。
誰に対してプレゼンするのか。
何かを作り出すとき、その向こう側にいる人を想像することは
やはり重要なプロセスの1つなのですね。

上記のことは、当たり前のことですね。
ですが、そのことって結構忘れがちになってしまいます。
とても考えさせてくれる、面白いテーマでした!
次は自分だったら101億を何に使うか考え
改めてピカソの絵の偉大さを感じようかなー。




私の考察は以上ですが
最後に余談というか本題というか。笑
ピカソの絵の価値を分かりやすく説明されている
文章があったので、2つお借りしてきました。
それでは!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ピカソもキュビズムを世に出した頃(当時まだキュビズムという呼び名はなかったが)は非難囂々だった。

二次元の世界では(というか、三次元でも視覚で認識する世界では)、普通は物体を
ある瞬間においてはある一面からしかとらえることが出来ないけど、ピカソは
ありとあらゆる方向から見た対象の姿を一枚の絵におさめようとした。絵画の常識を根底からぶち破ったわけだ。


また、キュビズムだけじゃなくて生涯のうちに様々な技法を試し、最晩年には子どものような絵を描くに至っている。
様々に画風を変え創作をおこなっていく中から、とうとう「絵画は描くもの」という
常識すらぶち破ったコラージュ技法を発明したりもした。キュビズムとコラージュという
二つの芸術技法を発明したってだけでもものすごい巨人だと思うけど…


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
昔は、3次元を2次元に変換できなかったんよ。
そんで、「科学的な絵画」として遠近法が生まれたんだけど、これはリアルに方眼紙を使うっつーか
糸を引っ張って風景を見て、「奥の建物は、マス目3つ分に見えるな…」と縮尺そのままに紙に落とす手法だった。
こうして、ルネサンス期から「もっとリアルに描きたいよ」という路線が進化して行ったわけだ。

ところが写真が登場してしまい、絵画にとって写実性は武器では無くなった。
そんな中「画家の目にどう見えたか、そういった感動を強調して描こう」という印象派が誕生。
その後「光の加減だけに注目して描いてみよう」「立体の角度を変えて再構築しよう」と、レイヨニスムやらキュービズムやら。
つまり、「写真は現実を描けるけど、絵画は現実ではありえない事を描けるぞ」っつー話だな。

そういった“高尚な絵画”を評価する動きへの皮肉としてポップアートが登場し、
萌え絵もそっち側に分類されるので、まあ水と油ですわな


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
スポンサーサイト



 | HOME | 

■ プロフィール

kazaana

Author:kazaana
FC2ブログへようこそ!

■ 最新記事

■ 最新コメント

■ 最新トラックバック

■ 月別アーカイブ

■ カテゴリ

■ 検索フォーム

■ RSSリンクの表示

■ リンク

■ ブロとも申請フォーム

■ QRコード

QR